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2009年3月13日 更新
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瀬戸屋敷の歴史
旧金井島村の沿革、瀬戸屋敷の建築概要
旧金井島村の沿革
 瀬戸屋敷のある旧金井島村(現在の開成町金井島地区)は、西に箱根山、北に丹沢連山、東に松田・曽我山に囲まれた足柄平野の北端に位置する集落です。足柄平野は、酒匂川の後背湿地にあり、旧金井島村を始めとする開成町の町内の集落はいずれも「島」「岡」「台」という地名から読めるように、わずかに高く立地している。
 金井島を含めた開成町が位置する足柄平野は、酒匂川の洪水時に浸水を受ける低地であったが、江戸時代に大久保氏が酒匂川の流路を改修し、水田開発が行われた結果、開発前後で耕作面積が3倍になり穀倉地帯となった。
 現存する史料の中では、小田原北条氏がこの地を統治していた永禄4年(1561年)の小田原所領役帳に金井島の地名が初めて出てくる。
 江戸時代に金井島村は、小田原藩の城付き村になり、その後水田単作地帯の農村集落として終始し、明治22年(1889年)新町村制移行により、酒田村に統合された。酒田村はその後、昭和30年に吉田島村と合併し開成町となり現在に至っている。
瀬戸屋敷の建築概要
瀬戸家住宅(主屋)
・主屋は、桁行(けたゆき)11.5間、梁(はり)行5.5間、面積63坪と神奈川県内でも有数の規模の大きい奇棟造りの茅葺(かやぶき)民家で、原型を良く留めた足柄地方を代表する古民家。
・瀬戸家では、名主について巡検などに来る武士を武士の作法によって接待するために、オクやゲンカンのような客座敷だった。
主屋
主屋
土蔵
・屋敷の北西にある土蔵は、建坪が約40坪で、土蔵として大きい部類に属する。
・第二次世界大戦後の農地解放まで、米蔵として使われ、約600俵を収納していた。
土蔵
かつて土蔵に展示されていた嫁入りのかご
庭園・中庭
非日常的な接客を行うオク(南西隅の座敷)に面して、築山(つきやま)のある枯山水(かれさんすい)の庭園が設けられている。離れと主屋の間の中庭には、水路の水を利用して鑑賞池が設けられている。
水路
屋敷内を流れる水路にはサワガニやカワニナ(ホタルの餌となる巻き貝)が生息し、夏にはホタルが飛び交うなど、豊かな自然が残されています。
・水路と密接に結びついた暮らしを今に伝える、水路を利用した鑑賞池や水車小屋、洗い場が残されている
水路の洗い場
水路の洗い場
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